大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)295号 判決 1966年2月28日
原告 鈴木静江
右訴訟代理人弁護士 多屋弘
同 稲葉源三郎
右訴訟代理人弁護士 中村善胤
被告 根津賢一郎
右訴訟代理人弁護士 中間保定
同 坂本寿郎
右訴訟代理人弁護士 隅水準一郎
同 城戸寛
主文
別紙目録記載の物件を競売に附し、その競売売得金を原告三分の一、被告三分の二の割合に分割する。
被告が別紙目録記載の物件に対する原告の持分所有権につき賃借権を有しないことを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、申立て
(原告)
主文同旨
(被告)
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、請求の原因
一、1、別紙目録記載の物件(以下本件建物という)は、原告および被告の共有物であり、その持分は原告が三分の一、被告が三分の二である。
2、原告は、昭和三五年一二月三一日被告に対し右共有物の分割を請求したが、被告は分割の協議に応じない。
3、本件建物は、一個の建物であり、現物分割をなすときは著しくその価格を損する虞があるから、現物分割に代え、これを競売に付してその代金を分配するよう命ぜられることを求める。
二、1、被告は、現在本件建物を占有していて、本件建物に対する原告の持分につき賃借権を有する旨主張している。
2、原告と被告との間に原告の右持分について賃貸借関係は存在しない。よって被告の賃借権の存しないことの確認を求める。
第三、被告の答弁
原告主張の請求原因事実のうち一の1、2、二の1の事実を認める。
第四、被告の主張
一、原告の共有物分割請求は権利の濫用である。
1、(イ) 原告が本件建物の三分の一の共有持分を取得したのは原告の亡夫訴外山崎済が死亡した同二二年八月二二日であり、被告は同二九年五月一一日右済の長男啓より本件建物の三分の二の共有持分を買得したものである。
(ロ) 原被告は同二三年四月一〇日より本件建物に同居していたが、原告は同二九年一一月中旬本件建物から鈴木胃腸病院に入院して、退院後は任意に被告と同居しないようになった。
2、原被告が本件建物を共有するようになった同二九年五月以降に生じた被告の原告に対する本件建物管理についての債権、共有に関する債権は次のとおりである。
原告は、左記(イ)乃至(ソ)の管理費用合計一七八、三六五円の三分の一(五九、四五五円)を、被告に支払う義務がある。(被告は一七八、四一〇円の三分の一(五九、四七〇円)と主張するが、これは左記(ヨ)の誤算または誤記に基づくものと認められる)≪中略≫
被告は、管理費用としては請求しないが、右の外に台所の改築費用約一〇、〇〇〇円、別紙図面のとおり階下廊下拡張工事費用約三五、〇〇〇円を支出して、本件建物に改良を加えている。
3、本件建物の評価額は五二八、〇〇〇円であるが、被告は本件建物の管理についての債権・共有に関する債権を有するので、原告が強いて本件建物の分割請求を維持するならば、被告は民法二五三条二五九条による権利を行使しなければならないが、原被告は叔母甥の間柄で原告の父(被告の祖父)が所謂生活無能力者であったため被告の父亡賢策(同二七年六月四日死亡した)は長男でないのに妹の原告を小学校一年のときより養育し樟蔭女学校、大阪府立女子師範学校を卒業させ、原告は被告の父より実子同様の扶養教育を受けさせてもらったような関係にあるので、できれば円満解決を望むため阿倍野簡易裁判所に調停の申立てをしたのである。
原告が本件建物についての管理の費用・共有に関する債務の支払いもせずに自己の権利のみを行使するため分割請求をするのは権利の濫用である。
二、被告は、本件建物の原告の共有持分につき賃借権を有する。
1、(原被告間に賃貸借関係の成立するまでの事情)
本件建物のもと所有者であった訴外山崎済は、大阪ガス株式会社の社員であったが、同人が第二次世界大戦中、技術将校として応召になり、同人の妻であった原告は、済の郷里の富山県婦員郡卯之花村下笹原一〇三八番地に疎開し、済は、本件建物を会社の同僚の北村某に賃貸しした。
北村某は、済の承諾を得ずに、本件建物を訴外国分通郎に賃貸しした。
済は、国分から本件建物の一箇月分の賃料と称する金員を送金して来て始めて右転貸しの事実を知り、北村某および国分に対し右転貸しを認めることができない旨通知した。しかし応召中の身であり法律的知識がないため国分の送金した金員を返還することを怠っていた。
北村某は、済の抗議と、自らも大阪で戦災に遭い、その住居とするため国分に本件建物の明渡しを求めたが、同人が明渡しに応ぜぬため、その由を東京にいた済に通知した。
済は、当時(昭和二一年春)勤務地が東京であって、自分では国分の明渡しの交渉および解決にあたることができないため、新潟県魚沼郡十日町若宮町の郷里にいた被告の父(原告の実兄)賢策に、国分の明渡しを得て本件建物に入居するよう依頼した。
賢策は、大阪市において化学薬品の卸商を営んでいたが、戦争の激化により商売できなくなったため前記郷里に引き揚げ骨を郷里に埋めるため石碑まで造っていたが、実子同様に扶養教育した原告の夫済からも、また原告からも頼まれたので、同二一年夏から国分に対し本件建物の明渡しの交渉を始めていたところ、済は同二二年八月二二日食中毒のため急死した。
原告は、済の死後富山県の済の郷里で済の養母シゲおよび養子啓と暮すより大阪に出て来て賢策および被告と共に本件建物で暮すことを熱望した。
そこで賢策および被告は、大阪に出て来ることを決意し、先ず被告が同二二年四月に、賢策および原告が同年五月に、相次いで大阪に出て来て国分通郎に対し本件建物の明渡し交渉をした。
2、(賃貸借関係の成立)
当時大阪は、戦災地で居住する建物を得ることは容易でなかったが、賢策および被告が大阪に出て来ることを決意したのは原告が本件建物で生活を共にすることを熱望し一緒に暮させて貰えば――原告が生活費を負担しない意味である――家賃はいらぬからと明言したからであって、賢策および被告は、原告の右申出を承諾し、居住者国分通郎に対する明渡交渉調停申立をし、立退料金一〇三、〇〇〇円の支払いをしたのである。
被告は、原告と同二三年四月一〇日から――賢策は同年五月から――本件建物に同居して原告と生活をともにして生活費を負担するほか、国分通郎に対する立退料、玄幸子に対する地代、公租公課の支払いをした。
原告が一緒に暮させて貰えば家賃はいらないと明言した趣旨は、原告が生活費を出さずに一緒に暮すことであって国分通郎に対する立退料、玄幸子に対する地代、公租公課をも含むものである。
原告の生活費を家賃の対価としたものであるから、本件建物についての賃貸借契約は成立したのである。
ちなみに原告は被告らと同居後感謝の気持からかどうかわからぬが再三本件建物を被告らに贈与すると申し述べたことがあったが――(原告が同二八年八月九日本件建物を贈与する意思がないと明言した)――被告らは贈与を受けることについては何ら意思表示をしなかったのである。
原告は本件建物敷地の所有者であると同時に、本件建物の所有者でもある。
そして被告は原告から本件家屋を賃借している。賃料相当支払金として何を支払って来たかという点で争いがあるにせよ賃貸借のあったことに争いはない。
被告は、同二三年四月一〇日頃、原告から本件建物を期間の定めなく賃借した。賃料は国分通郎に対する立退料一〇三、〇〇〇円の支払い、原告の生活費、敷地地代(原告の所有地となってからは土地の固定資産税)、家屋固定資産税などの支払いをもって、その対価としたものである。
原告は同三七年五月一六日付準備書面において原被告間に賃貸借のあったことを認めている。
この点に関する原告の自白を援用する。
被告は、本件家屋の固定資産税(昭和二二年一月以降)および原告の生活費などはこれを家賃として支払って来たものである。
被告は、共有持分取得前に本件建物の管理のための費用として六一、五三〇円を支出し、本件建物の前占有者国分通郎に対する立退料として、当時本件家屋の価額が約三〇〇、〇〇〇円であった時に一〇三、〇〇〇円の多額を支払うなどしており、他にも原告のために物的精神的支出を繰返して来たこと前述のとおりである。
三、(分割方法についての主張)
かかる事情の下における原告の分割請求は権利の濫用になること前述のとおりであるが、かりに原告の分割請求が認められるとしても、既述の事情および本件家屋が原告から被告に賃貸しされていて原告において明らかに被告の居住することを正当づけている事情を合わせ考えるとき、競売による代金分割の方法は当事者の公平を失するものがあるので不当な分割方法というべきである。従って分割方法としては今一つの方法である価格賠償すなわち被告において本件家屋の単独所有者となると同時に原告に対しその持分価格を賠償する方法がとられるべきであることを主張する。
第五、被告の主張に対する原告の反ばく
一、1、被告主張事実中一の1の(イ)の点は認めるが、その余の主張は争う。同(ロ)は、原告は被告に虐待されて追い出されたものである。
2、被告主張の修理費用は、修理のみによるものではない。原告の調査によれば本件建物の公簿上の面積は延べ二九坪五合四勺であるのに、現在の実際の面積は延べ三四坪五合となっており、修理のみならず増改築まで行い、また表にコンクリート高塀をめぐらすなど単なる保存行為の範囲をこえた工事を行っているのである。
しかもこれらの工事は原告と何ら交渉なしになされたのであるから、これを共有に関する債権ということはできない。
被告主張の一の2の(ニ)、(ホ)、(ワ)、(ル)、(オ)の各支出は、何れも管理費用ではあるが、保存行為の程度をこえ、被告の個人的需要を満足させるための改良行為であって、共有者の協議に基づき支出さるべきものであるにかかわらず、被告は、原告に無断で右各費用の支出をなしたものである。従って被告が本件建物につき三分の二の持分を有し協議をなした場合には必ず被告の意思のみにより管理行為をなしえたとしても協議なき以上は保存行為の程度をこえてなされた右管理行為は無効であって、その費用につき原告に対し持分の割合に応ずる支払いを求めることは理由なきものである。
3、本件建物の価格は、固定資産税課税台帳上は五二八、〇〇〇円であるが、鑑定人鶴谷寅松の鑑定書(甲四号証)によれば、被告の施行した改築修理などを無視しても尚流通価格としては六五三、〇〇〇円と評価されているのである。
そして被告は共有に関する債務を支払わずに分割請求することは権利濫用であると主張するが、かりに被告主張の如き債権を原告に対して有するとしても(その大部分が理由のないものであることは前述のとおりであるが)、被告としては別に右債権を原告に対して主張することもそれ自体としては可能なのであるから救済の途がないわけではなく、これを目して権利濫用であると主張するのは全く理由がない。
二、賃貸借関係成立の主張を争う。
被告は同二三年四月本件建物に居住するに際し、原告に対して、家賃代りに地代税金などを負担することを約していた。
しかし原告がその当時被告より扶養されて生活したとの事実は全くない。また被告が本件建物の公租公課、本件建物の敷地の地代を支弁したとの事実もない。
三、分割の方法に関する被告の主張を争う。
本件建物の分割の方法として被告の主張する価格賠償については民法にこれを認める何らの規定もなく裁判上の分割においても、裁判所の自由裁量の許される範囲は、現物分割もしくは代金分割の何れかであって、価格賠償の如き方法は認められていないのである。その主張自体理由がない。
証拠 ≪省略≫
理由
一、(分割請求)原告主張の請求原因のうち一の1、2、の事実は当事者間に争いがない。
1、被告の権利濫用の主張について。
(一) 被告主張のとおり共有に関する債権がかりに存在したとしても、その支払いをしないまま共有物分割の請求権を行使することは、何ら権利の社会性に反することなく、権利の行使として是認できないものではない。
(二) また原告と被告の間柄が被告主張のとおりであっても、同様である。
(三) 被告および賢策が、国分に一〇〇、〇〇〇円余を立退料として渡したことについては、≪証拠省略≫を綜合すれば、被告は本件建物に国分が居住していた同二三年四月一〇日頃に本件建物の二階の一室を国分に明けて貰い原告とともにそこに居住するようになったが、その後そこに被告の父賢策および母が来て住むようになり、更に被告が結婚してその妻が出産するようになったことから、すなわち被告の家族が増加したため立退料を出しても国分に明けて貰わねばならない必要に迫られて、一〇〇、〇〇〇円を支出したものであること、国分は所有者である原告のみには同二三年四月一〇日頃二階の一室を明け渡すことを了承したが当時所有者でなかった被告の入居には反対していたところ、被告は叔母である原告が女一人で気の毒であり自分が扶養しなければならないからと言って強引に入居したものであること、所有者である原告は国分を追い出さなくても自分だけ国分と同居させてもらえばよいと考えており、国分の立退きを強く要望していなかったこと、以上の事実が認められる。
当時本件建物につき何らの権原ももたなかったこと当事者間に争いのない被告が増員する家族のため、原告の名において国分を立ち退かせるため支払った右立退料は、被告が本件建物に当時家族とともに居住するために当然支払わなければならなかったものであって、原告が被告のために国分を立ち退かせて本件建物に被告らを居住させなければならない義務はなかったのである。従って立退料支払いの事実は、原告の分割請求権の行使を権利の濫用たらしめる事情とはならない。
(四) 原告が被告に扶養されたという事実は本件全証拠によっても、これを認めるに足らない。
(五) 被告主張の共有に関する債権は、その主張によれば殆んど被告が本件建物に居住しているから支出しなければならなかったものである。過半数の持分を有する被告は一人で本件建物の使用収益をすることができる(民法二五二条)けれども、原告も本件建物について持分に応じた使用収益をすることができる(同二四九条)のであってこの使用収益権は過半数に達しない場合に画にかいた餠となるのではなく、一人で使用収益している被告から持分に応じた使用収益に見合う補償を受けられることになるのであって、被告主張の共有に関する債権の三分の一は、右補償と比較して決して多くはないこと本件建物の客観的賃料の三分の一を想定すれば明白である。
(六) 民法の共有は分割の自由を本質とするものであって、その制限は共有者間の不分割契約のときだけしかも五年をこえない期間だけに限って認めているところから考えて、被告の主張全部を合わせても、なお原告の本件建物の共有分割請求は、権利の社会性に反せず、権利の行使として是認できるものと言わざるを得ない。
よって被告の権利濫用の主張は採用できない。
2、分割の方法について被告は価格賠償による分割方法を主張するが、裁判所は現物分割か代金分割を選ぶほかないのであって、右主張は採用できない。
ところで本件建物は一箇の建物であること表示自体から明らかであって、従って現物分割は著しく価格を損する虞があるから競売を命じその代金を分割することとする。
二、原被告間に本件建物賃貸借関係が成立したとは認められない。
被告は、同二三年四月一〇日頃、賃貸借関係が成立したと主張する。そして原告が「被告はその頃本件建物に居住するに際し原告に対し家賃代りに地代税金などを負担することを約していた」と陳述したことを捉えてこれを賃貸借成立に関する自白であるとして援用する。
しかし同日頃は本件建物には国分が居住していたし入居しようとしていたのは本件建物の二階の一室であり、しかも原告と被告とが同居しようとしていたこと前認定のとおりであるから家賃代りという意味が本件建物全体についてのものを指すわけでないことはそのことから明らかである。また、家賃代りにという言葉は前認定のような場合においては、使用貸借の際のせめてものお礼にという意味にとった方が自然であり、前認定のとおり被告は原告を扶養するなどということを国分に言っていることなどから考えても、前記の原告の陳述をもって賃貸借成立に関する自白があったとみることはできない。
また本件全証拠によっても、原被告間に賃貸借関係が成立した事実を認定することはできない。却って前掲の証拠によれば使用貸借類似の関係が存在したに過ぎないことが認められる。(民法五九五条参照)被告が共有持分を取得したのちも、原告の持分所有権について賃貸借関係が成立したことを認めるに足る証拠はない。
そうだとすると、被告には本件建物の賃借権がないことの確認を求める請求も理由がある。
よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるから正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 木村輝武 白井皓喜)